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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)107号 判決

神奈川県横浜市泉区和泉町4352番地

原告

有限会社大洋プラント工業

同代表者代表取締役

真鍋安弘

同訴訟代理人弁護士

島田康男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

吉野日出夫

土屋良弘

主文

特許庁が平成3年審判第2320号事件について平成6年2月23日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  事案の概要

以下の事実は全て当事者間に争いがない。すなわち、

訴外真鍋安弘(以下「訴外真鍋」という。)は、昭和60年5月8日、「波力ポンプ」と題する発明(以下、この発明に係る特許を受ける権利を「本件特許を受ける権利」という。)について特許出願をした(昭和60年特許願第95963号)ところ、平成2年12月3日、拒絶査定がされたので、原告は、平成3年2月19日、審判を請求した(平成3年審判第2320号)が、特許庁は、平成6年2月23日、上記請求を却下する、との審決をし、その審決書謄本を、平成6年4月8日、原告に送達した。

ところで、本件審決の理由は、本件特許を受ける権利については、平成元年8月17日、訴外真鍋から原告にその一部が譲渡され、被告に対し、その旨の譲渡証書を添付した特許出願人名義変更届がされている(以下、これらを「本件譲渡証書」及び「本件変更届」という。)から、本件特許を受ける権利は訴外真鍋と原告の共有に係るものであるところ、かかる場合には特許法132条3項により、上記両名が共同して審判を請求する必要があるところ、本件審判請求は前記のとおり、原告のみからなされたものであるから、不適法であるとしたものである。

第3  争点とこれに関する当事者双方の主張

1  本件の争点は、主位的取消事由として、本件譲渡証書及び本件変更届の各記載を、訴外真鍋から原告への本件特許を受ける権利の一部譲渡であると解した審決の認定の当否であり、予備的取消事由として、本件審判請求は原告と訴外真鍋の両名が共同して請求したものと解することができるか否かである。

2(1)  主位的取消事由に関する原告の主張は、以下のとおりである。すなわち、

本件譲渡証書には、「下記の発明に関する特許を受ける権利(の一部)を貴殿(貴社)に譲渡したことに相違ありません。」と記載されており、上記記載中の「の一部」と「貴社」が括弧で括られていたことからすると、本件譲渡証書の記載は全部譲渡を表しているものと解するのが相当である。仮にそうではないとしても、本件変更届に使用された書式は、全部譲渡にも一部譲渡にも、また、個人にも法人にも使用できる書式であり、この書式において、一部譲渡であるとするためには、前記「(の一部)」の括弧部分を削除する必要があるし、法人に対する譲渡として用いる場合には「貴殿(貴社)」のうちの「貴殿」と括弧を削除する必要があることからすると、上記のような記載をもって、一部譲渡であると認定することはできないはずである。

なお、本件譲渡証書では、頭書は「譲渡証書」、譲受人欄は「譲受人」となっているが、実務的には、一部譲渡である場合には、それぞれ「一部譲渡証書」、「一部譲受人」と記載するのが一般的である。

したがって、本件譲渡証書のような書式において、何らの手も加えられていない場合には、全部譲渡と認定すべきものである。

次に、本件変更届についてみると、本件変更届には「承継人」として原告の住所及び名称が記載されているものであり、一部譲渡であることを伺わせる記載はない(なお、本件変更届には「承継人」欄に手書で「一部」と記載されているが、この記載は被告の職員が記載したものであり、原告が記載したものではない。)。

以上の各記載から見て、本件変更届及びこれに添付した本件譲渡証書は原告に対する全部譲渡であると解するのが相当であるから、本件審判請求は適法であり、したがって、一部譲渡であると解して本件審判請求を不適法とした審決の認定判断は誤りであり、審決は違法として取消しを免れない。

(2)  予備的取消事由に関する原告の主張は以下のとおりである。すなわち、

本件特許を受ける権利が、原告と訴外真鍋の共有に係るものであるとしても、原告と訴外真鍋とは、訴外真鍋が原告の代表取締役でもあるという関係にあるから、拒絶査定に対して、原告は訴外真鍋と共に不服の審判請求を申し立てることは明らかなところである。そして、実際に、訴外真鍋は原告の代表取締役として本件審判請求の手続を行っているのであるから、本件審判請求は原告と訴外真鍋が共同して行ったものと解すべきである。しかるところ、訴外真鍋の氏名・住所の脱落は特許法133条1項の方式違反にすぎないから、同項により補正を命ずべきであるところ、補正を命じないで本件審判請求を却下したの違法であり、取消しを免れない。

2  審決の正当性についての被告の主張は以下のとおりである。

(1)  主位的取消事由は、以下のとおり理由がない。すなわち、

本件変更届及びこれに添付された本件譲渡証書が訴外真鍋から原告への本件特許を受ける権利の一部譲渡を示すものであることはその各記載内容に照らして明らかであるし、また、このことは以下の事情からも裏付けられる。すなわち、本件変更届の提出後、原告に対し、平成2年7月21日付け拒絶理由通知書が送付され、また、同年12月3日付けで拒絶査定がされ、その旨原告に拒絶査定謄本が送付されたが、これらの書面にはいずれもその名宛人が「有限会社大洋プラント工業他1名」と記載されていたが、原告はこれに対し何らの異議を述べることなく手続を継続してきたものである。さらに、原告は、平成4年5月6日に理由書を提出するとともに、同日付け手続補正書及び補正に係る訂正譲渡証書を提出したが、その理由書中において、本件譲渡証書について「形式上一部譲渡になっていることを発見致しました。」と述べているところである。これらの事実からみて、本件変更届及び本件譲渡証書の各記載を一部譲渡であると認定し、本件審判請求を不適法であるとした審決の判断は正当であり、これに何らの違法はない。

なお、原告は、甲第3号証(特許庁編「特許出願のてびき」)を援用して全部譲渡であると主張するが、そもそも上記「てびき」は、出願人等が特許出願の手続等について、その書式(様式)等の最小限度必要な事務的知識を参考的に記載するもので、個別・具体的なケースの全てを想定して網羅しているものではない。したがって、実際に関係書面を作成し特許庁に提出するに当たっては、その中の掲載事項をそのまま願書に転記して使用するものとみるべきものではなく、記載事項の中から自己の事案に該当すべき事項を書面の作成者自身が取捨選択して作成すべきものである。これを本件についてみると、仮に、原告主張のように全部譲渡を主張するのであれば、甲第2号証に示された「(の一部)」の文言については、原告自らの判断において、これを放置することなく削除して提出すべきであったものといわなければならない。

そうだとすれば、原告が、上記括弧書き部分をそのまま残して本件譲渡証書を提出したことについて、被告が、括弧書き部分についての原告の意図が、「特許を受ける権利の一部譲渡」を補足的に説明するものと解したとしてもやむを得ないことであるといわなければならない。したがって、被告が、本件譲渡証書を「一部譲渡」を内容とするものとして受理し、かかる認定を基礎にその後の手続を進めたことに誤りはなく、原告のこの点に関する主張は誤りである。

(2)  予備的取消事由は、以下のとおり理由がない。すなわち、

法人は、法律上の権利主体として、自然人とは別個の権利主体であって、審判事件においても、その当事者が法人である場合には、その審判請求書に当事者の名称及び住所並びに代表者の氏名を記載しなければならないものとされており(特許法131条1項1号、特許法施行規則46条)、当事者が自然人である場合と法人である場合とではその扱いを異にしている。これを本件についてみると、本件審判請求書の請求人の氏名欄に記載された「代表取締役 真鍋安弘」の表示は、法人である原告の代表者であることを示したものであり、訴外真鍋を表示するものでないことは明らかである。したがって、代表者欄に上記のように真鍋安弘の記載があっても、これが訴外真鍋を表すものではないから、本件審判請求が不適法であることは当然である。

原告は、特許法133条1項による補正をすべきであると主張するが、補正が可能であるのは、同法131条1項1号又は同条3項の規定に違反している場合に限られ、また、本件審判請求書の記載を精査しても、審判請求人の名称を誤記と認めるに足りる事情を見いだすことはできないから、本件は補正が許されるべき場合に該当しないことは明らかである。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

第5  争点に対する判断

1  主位的取消事由について、以下、検討する。

いずれも成立に争いのない乙第1、第2号証、第5号証及び同甲第3号証並びに原告代表者の尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができ、他にこれを左右する証拠はない。

訴外真鍋は、その出願に係る本件特許を受ける権利の全てを原告会社に譲渡し、自らその旨の本件譲渡証書及び本件変更届を平成元年8月17日付けで作成した。ところで、前掲甲第3号証(特許庁編集「特許出願のてびき」、財団法人発明協会昭和63年3月25日改訂22版発行)には、別紙1、2のとおりの名義変更届の様式及び譲渡証書の文例が記載され、さらに、同文例の注記には「譲渡証書は、譲渡人に作成してもらうのですが、なるべく67頁に示す文例に従って作成してください。」(68頁10行ないし12行)と記載されていることが認められるところ、訴外真鍋は、前記各書類の作成に当たり、上記の様式及び文例にならって本件譲渡証書及び本件変更届を作成し(なお、本件変更届中の「3 一部 承継人」の「一部」との記載部分並びに最下欄及び受付印部分はいずれも特許庁の職員が作成したものであることは当事者間に争いがない。)、これらを特許庁に提出したものである。

そこで、以下、上記各書面の記載内容について検討する。まず、原告が前記各書面の作成に当たり依拠したとする前記「特許出願のてびき」記載の前記様式には、「3 承継人」の欄に、「住所(居所)」、「氏名(法人にあっては名称及び代表者の氏名)」との、また、同文例には、譲受人欄及び譲渡人欄に「住所(居所)」、本文中に「下記の発明に関する権利(の一部)を貴殿(貴社)に譲渡したことに相違ありません。」との各記載があり、これらの記載からすると、承継人等の住・居所関係、あるいは、承継人が自然人か法人かにより、また、特許を受ける権利の譲渡が全部譲渡か一部譲渡かにより、それぞれ上記の各記載のいずれか適合する方の記載を選択して使用する趣旨のものであることは前記の各記載方法からみて明らかなところというべきである(原告代表者の尋問の結果によれば、訴外真鍋は法律知識に暗く、上記の趣旨を理解することができなかったため、「(の一部)」、「貴殿」及び「(貴社)」の括弧部分を削除することなく、文例に忠実に譲渡証書を作成したものと認められる。)。

そこで、以上のような、前記「てびき」の記載を前提として、本件譲渡証書及び本件変更届をみると、前掲乙第1、第2号証によれば、まず、本件特許を受ける権利についての特許出願人名義変更届の変更原因を証する書面である乙第2号証には、譲受人欄に原告の名称及び代表者の氏名が、また、譲渡人欄に訴外真鍋の氏名の各記載があるが、その本文には、「下記の発明に関する権利(の一部)を貴殿(貴社)に譲渡したことに相違ありません。」と記載されており、この記載を前記認定の「てびき」記載の文例の趣旨に照らして見ると、特許を受ける権利の全部譲渡か一部譲渡かにつき、また、この譲渡が自然人に対するものか法人に対するものかにつき、該当する記載の選択が行われていないことは上記の各記載自体に照らして明らかであるといわざるを得ない。そうすると、本件譲渡証書を精査しても、他に本件特許を受ける権利の譲渡が全部譲渡か一部譲渡かを決するに足りる手掛かりとなる記載を見出すことはできない本件譲渡証書の文面上からは、訴外真鍋から原告への本件特許を受ける権利の譲渡が、全部譲渡なのかそれとも一部譲渡なのかを決することは困難であるというべきである。

この点について、被告は、本件譲渡証書において「(の一部)」なる記載を削除していない以上、本件特許を受ける権利の譲渡が一部譲渡と見られてもやむを得ないところであると主張する。しかし、前記「てびき」に記載された譲渡証書の文例は、特許を受ける権利の全部譲渡にも、また、一部譲渡にも、それぞれ必要とする記載を選択することによって対応可能なように作成されているものであることは既に認定したとおりであるし、この点は被告においても自認するところであるから、そのいずれかが選択されていないことが記載上明らかである以上(一部譲渡の場合には前記「(の一部)」の括弧部分が削除される必要がある。)、これを一部譲渡であると断定することはできず、この点に関する被告の主張は根拠に欠けるといわざるを得ないから、採用できない。

そこで、進んで、本件譲渡証書と同時に提出された本件変更届の記載をみると、前掲乙第1号証によれば、その承継人欄には原告の住所並びに名称及び代表者の氏名が記載されていることが認められ(なお、前記のように、上記変更届の「承継人」欄の左上に手書きで「一部」と書き込まれているが、この記載が被告の職員が事務処理上記載したものであることは当事者間に争いがない。)、承継人欄の上記記載からすると、本件変更届は訴外真鍋から原告への本件特許を受ける権利の全部譲渡を意味しているものと解するほかなく、他に本件変更届を精査してもその記載中に本件特許を受ける権利の譲渡が一部譲渡であることを窺わせるに足りる記載を見出すことはできない。

以上によれば、確かに、本件譲渡証書の前記記載中には、本件特許を受ける権利の譲渡が一部譲渡なのかそれとも全部譲渡なのかを断定しかねる記載が存することは前記認定のとおりであるが、これを譲渡の内容において同一の意味内容を有するものとして本件譲渡証書と一体として提出された本件変更届の記載と照らし合わせて、本件特許を受ける権利の譲渡内容をみた場合、前記認定のとおり、本件変更届の記載が全部譲渡を表しているものと解すべきものである以上、一体をなすべき前記各書面の記載をもって、訴外真鍋から原告への本件特許を受ける権利の全部譲渡の記載があったものと解するのが相当というべきであり、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

この点について被告は、いずれも成立に争いのない乙第3ないし第6号証を援用し、原告においても、本件譲渡証書及び本件変更届の記載が一部譲渡を表すものであることを自認していたものであると主張するので、この点を検討すると、本件における特許を受ける権利の譲渡の態様がいかなるものであるかは、あくまで本件譲渡証書及び本件変更届の記載に対する客観的な判断によって決すべきものであり、被告が援用する前記各書面は原告及び被告の本件譲渡証書及び本件変更届に対するそれぞれの主観的な見解を示したにすぎないものである(なお、原告代表者の尋問の結果によれば訴外真鍋は、拒絶査定に対する審判請求書の提出までは、原告会社が全部承継したものとして自らの手続を進めてきたが、その後に特許庁は一部譲渡として取り扱っているため、このままでは方式違背により審判請求が却下されることを知って、弁理士に相談し、全部譲渡であることを明確にした譲渡証書を作成し、これを添付した手続補正書を提出したものであることが認められ、被告主張の事実をもって原告が一部譲渡として取り扱われることを異議なく承認していたとはいえない。)から、かかる見解をもって前記の認定判断を左右することはできず、したがって、この点の主張も採用することはできない。

してみると、訴外真鍋から原告への本件特許を受ける権利の譲渡を一部譲渡であると認定し、本件特許を受ける権利は原告と訴外真鍋の共有に係るものであるからその審判請求は必要的共同審判に当たるとして本件審判請求を不適法却下した審決の判断はその前提を誤るものといわざるを得ず、主位的取消事由は理由があるというべきである。

したがって、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

2  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙1

名義変更届の様式

〈省略〉

注1 相続、法人の合併による権利移転の場合には、特許印紙は不要とし、その他の場合は、特許印紙3,200円を貼り、その下に特許印紙の額を括弧をして記載します。

注2 「承継人であることを証明する書面」は、売買、贈与などに、よるときは「譲渡証明」、相続によるときは「戸籍の謄本」及び「住民票」、法人の合併によるときは「登記簿の謄本」です。

注3 その他は、手続補正書の作成要領(59頁)を参照して下さい。

別紙2

譲渡証書の文例

〈省略〉

注1 印 は、出願時のものを使用しなければいけません。

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